4/15/2012

石巻市渡波地区/初孫、夫婦で愛情注ぐ

 

 その名の通り海とともにあった街は、津波により計り知れない被害に見舞われた。犠牲者は少なくとも500人以上とみられる。



 <人のため いとわず>
 石巻市渡波地区。黄金浜の安海武雄さん=当時(72)=、冨美子さん=同(68)=夫妻も自宅で津波に遭い、帰らぬ人となった。 実直で優しい夫と好奇心にあふれた妻は40年近く連れ添った。毎日のように散歩に連れて歩いた愛犬の蘭(らん)も命を落とした。

武雄さんは50代で船員の仕事を引退。市の木工講座に通い、木目が美しい和だんすやテーブルなどを作るのが楽しみだった。知人の家の修繕を手伝ったり、畑仕事では他人の分も草取りをしたり、人のために汗をかくことをいとわなかった。


 近所に住む弟の秋雄(ときお)さん(70)は「3日に1回は一緒にお茶を飲んで、話して、それが当たり前だった。いなくなったという実感がいまだにない」と漏らす。
 冨美子さんは化粧品販売の仕事の傍ら、山野草の栽培や山歩きなどさまざまな趣味に打ち込んだ。庭や山で見つけた季節の花々、武雄さんと一緒に育てた畑の野菜を題材に絵手紙を描き、家族や友人に送っていた。

 2011年4月2日 石巻市渡波地区の様子

 <シャンソンに情熱>
 石巻シャンソン愛好会の副会長として、活動を盛り上げた。舞台では身長約150センチの小柄な体から豊かなアルトを響かせ た。愛好会の指導に当たる岡野正春さん(72)=仙台市青葉区=は「石巻でグループ練習をした後は個人練習をして、それでも足りずに仙台に通ってきた。ま じめで熱心な人だった」と惜しむ。

震災前に練習していた曲は「マンマ」。亡き母を思う歌だ。長女の菊田智子さん(35)の手元には冨美子さんが丁寧な字でつづった歌詞が残る。「マンマ 私の心の内に美しく生きていてね いつまでも」。見るたび、「母からのお別れの曲みたい」と不思議に思う。
 智子さんの長男進太朗ちゃん(2)は、安海さん夫婦にとって初孫だった。冨美子さんは進太朗ちゃんが遊びに来るたびに家の外で出迎え、おぶりたがった。寡黙な武雄さんも来客があると孫自慢が止まらなかった。

「成人式まで生きていられるかなあ」。冨美子さんが家族の前でぽつりと漏らしたことがあった。それだけ、孫の成長を心待ちにしていた。
 震災から1年余り。進太朗ちゃんは1人歩きやおしゃべりが上手になり、健やかに育っている。食卓に載った冨美子さんの写真を見つけ、「ばあば」と笑顔を見せた。(藤田杏奴)


ソース;http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1088/20120416_01.htm


 2011年4月2日 石巻市渡波地区で救援物資が届く

 

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