10/13/2011

震災で九死に一生 涌谷の整備士 ダカール・ラリーへ

 

東日本大震災で九死に一生を得た自動車整備士が来年1月、南米で行われる世界一過酷な「ダカール・ラリー2012」にメカニックとして挑む。宮城日野自動 車石巻営業所の稲葉勇哉さん(37)=宮城県涌谷町=。震災で伯父夫婦や同僚の家族が犠牲に。「いい結果を出して、みんなを元気にしたい」。レース車両の 船積みが今月中旬に迫り、オイルにまみれながら車の仕上げに忙しい。

あの日。10トントラックの車検整備のため、タイヤを外した車の下にあおむけで潜り込んで作業をしていた。激しい揺れ。「まずい」。すぐ横に逃げた。車を 支えていた馬(台座)が傾き、巨体が床にどんと落ちてきた。別の4トントラックは床から10センチほど弾んでいた。判断が少し遅れれば命はなかった。

 石巻営業所は海岸線から3キロ近く離れているが、川をさかのぼった津波が運んできた丸太や車であふれ、休業。3月下旬から古川営業所(大崎市)に移った。
 9月初旬、日野自動車(東京都日野市)が社内公募したダカール・ラリーのメカニック(4人)に合格したと知らせが届く。07年からの5年間で応募は4回目。同社近くの寮に移り、レース車両製作に取り組んでいる。

  1号車のドライバーはこのラリーで史上最多連続出場28回の菅原義正さん(70)。11年の排気量10リットル未満クラス優勝者の次男菅原照仁さん (39)の2号車を、稲葉さんが担当する。2号車はエンジンの位置を車体中心部に移し、250キロ軽量化した新型車。重心も下げ、発進時の加速を重視し た。1、2号車ともに最も厳しい「改造車クラス」で外国の大排気量車と競う。

「レース車両は設計図のない一品もの。見て、ばらして、また組み立てて、最高のバランスを出すのが仕事です」

 ラリーは15日間の長丁場。古川工業高まで柔道部。169センチ、75キロ。冒険や勝負ごとが好きだ。

 石巻営業所の整備士の中では最年長で、日野自動車の整備士の最高ランク「HS1」も取得。若手整備士からは「先生」と呼ばれている。

 震災後はずっとつらくて暗い話ばかりだった。「誰が(遺体で)見つかった」「あそこの主人が店を閉めた」…。ボランティアに満足にお礼もできない。
 高校の同級生の妻志津さん(37)は「ずっと行きたかったんでしょ。途中でリタイアしないでね」と励ました。

[ダカール・ラリー] 1979年に始まる。砂漠や岩場などで乗用車、トラック、バイクが競う過酷なモータースポーツレース。かつてはアフリカが主舞台 で、パリ―ダカール・ラリー(通称パリ・ダカ)と呼ばれた。2009年大会から舞台を南米に移す。12年大会はアルゼンチンを出発し、アンデス山脈を越え チリへ。落盤事故の救出劇があったコピアポで休息し、最大の難所アタカマ砂漠を越え、新たな舞台ペルーへ。15日間の総走行距離は1万キロになる予定。


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