6/30/2011

「人の役に」と福祉の道に 阪神経験者のぬくもり感じ

 

仕事中の船で津波に襲われ、やっとの思いで町に戻ると原発事故が待ち受けていた―。福島県相馬市に住んでいた水上大介さん(35)は二重の災難に翻弄(ほんろう)され、妻の親戚を頼って神戸市西区に避難してきた。そこで触れたのは、16年前に阪神大震災で被災した神戸市民らのぬくもり。「人の役に立つ仕事をして恩返しをしたい」。知的障害者施設の生活支援員として新たな一歩を踏み出している。

建設作業員だった水上さんら8人を乗せた作業船(約800トン)は3月11日午後、海上での護岸工事を終え相馬港に向かっていた。突然、船が横揺れを繰り返す。陸の建物から煙が出ているのが見えた。

5キロほど沖まで避難した1時間ほど後、黒い"壁"が目の前に立ちはだかった。船は浮いたかと思うと一気に急降下。船首は水をかぶり、必死で手すりにしがみついた。その後も壁は容赦なく押し寄せる。

「死ぬんだろうな...俺の人生何だったんだろう」。脳裏をよぎったのは、やんちゃだった中学時代に先生を殴ったこと、愛する妻とサーフィンに明け暮れた日々...。「死にたくない」。恐怖に震えながら生への執着が込み上げた。周囲で何十隻もの小さな船が転覆。海面に遺体が漂っていた。

余震を警戒して約3日間、船上で過ごした。陸に上がり、自宅で妻孝枝(たかえ)さん(36)と再開したのは14日の昼ごろ。喜ぶ暇もなく突き付けられたのは、津波と福島第1原発の事故で荒れ果てた町の姿だった。

「商店から品物が消え、ガソリンスタンドでは順番待ちでけんかする人もいて怖くなった」と振り返る水上さん。放射線を恐れて地元を離れる同僚を見ながら「見捨てられている」と、胸が締め付けられた。

3月下旬、孝枝さんのいとこに誘われ、神戸に避難。県営住宅に入居した。「私たちも経験したから分かる」。役所や支援団体の人が親身に接してくれ、必要な家電もそろえてくれた。「こんなに優しくしてもらったのは初めてだ」。目頭が熱くなった。

ハローワークの紹介で4月20日から知的障害者施設で働き始めた。入所者約50人の食事や入浴などを補助する仕事だ。ダウン症や自閉症の患者と接するのは初めてだが、優しく手を握ると笑顔が返ってくることに喜びを感じている。

「自分のことしか考えない人間だったけど、震災に遭って人のことも考えられるようになった」と水上さん。「もっと勉強してここで働き続けたい」。照れくさそうに笑った。

共同通信社

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