5/30/2011

高台移転に住民思い二分、岩手・宮古市田老地区

 


読売新聞 5月31日(火)3時10分配信

2度の津波を経験しながらも住み慣れた土地に戻りたいという荒谷アイさん(左)=野本裕人撮影

東日本大震災の津波で被害を受けた岩手県宮古市田老(たろう)地区が、高台への住宅移転を巡り揺れている。県は30日、高台移転を盛り込んだ復興ビジョン案を沿岸市町村に示したが、被災の程度や家族構成など、住民の置かれた環境により思いはさまざま。意見集約の難しさが予想される。

明治三陸地震(1896年)で1859人、昭和三陸地震(1933年)でも911人の犠牲者を出し、「津波太郎」の異名を持つ田老地区は今回の震災で、130人が死亡、58人が行方不明となった。明治、昭和の大津波を教訓に築かれた高さ10メートルの防潮堤も壊され、「同じ悲劇は繰り返したくない」と県は高台移転を促す方針だ。

しかし、住民の思いはほぼ二分している。荒谷アイさん(89)は11歳の時、昭和大津波で家族7人全員を失った。遺体が並ぶ海岸で家族を捜し歩いた体験を「私は、ほんとに独りぼっちの児になったのです」とつづった作文はその後、吉村昭の著書「三陸海岸大津波」で紹介された。北海道根室市の叔父に引き取られたが、18歳で帰郷、地元男性と結婚し2男4女、孫5人に恵まれた。

東日本大震災の津波は、デイサービスで外出していて難を逃れた。翌日、四女の栄子さん(58)から津波襲来を初めて知らされた。昭和大津波で受けた心の傷は今も残る。それでも、「みんなのお墓もある。また津波が来たら山さ逃げればいい」と住み慣れた土地にこだわる。

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