4/18/2011

加美町中新田交流センター(宮城)/避難者自ら朝食を準備

 

<住所>宮城県加美町下新田松木3
<避難者数>52人(18日正午現在)
<避難地区>宮城県南三陸町、女川町、石巻市、南相馬市、福島県双葉町
 
リンゴのコンポートにウドのきんぴら。18日の朝食は決められたメニューに、一手間かけた二つの品が添えられていた。

コンポートはすし店などで調理経験のある山本進さん(70)=宮城県女川町石浜高森=が用意した。避難者は3班に分かれて食事を担当するが、山本さんはいつも台所の中心で腕を振るう。
きんぴらは後藤一磨さん(63)=宮城県南三陸町戸倉字戸倉=が調理した。直売所で手に入れた春の味覚を、仲間と味わおうと調理室に入った。

避難所は南三陸町からの集団避難に合わせ、3日に開設された。宮城県加美町の親類を頼って町に避難した人も入居している。
宮城、福島の2市3町の避難住民が共同生活を送る。朝食の準備や掃除は住民で分担する。山本さんは「男の人も積極的に関わるようになった」と笑顔を見せる。
食事の用意は、町から派遣された管理栄養士がサポートし、町の住民ボランティアも手伝う。

◇  ◇

●工藤真弓さん(38)=宮城県南三陸町志津川上の山
避難所に来た時、花がたくさん生けてあった。温かく迎えてもらい、津波のことを忘れることができた。感謝の気持ちでいっぱい。南三陸町から離れているが、復興を祈る気持ちが届くよう、生活している。

●後藤美代子さん(62)=南三陸町戸倉字戸倉
避難所近くを歩いていたら、おばあちゃんが「お茶っこ、飲んでいがいん」と声を掛けてくれてありがたく思った。避難所周辺は花がたくさん咲き、気持ちが明るくなった。

●三浦朋浩さん(33)=南三陸町歌津田の浦
津波の来る心配がないことがありがたい。今でも余震のたびに不安になる。加美町は高校時代に住んでいた。小学生の長男がいて、学校に近いこともあってここを避難先に選んだ。

●我孫子れい子さん(61)=石巻市中屋敷1丁目
家は住める状態ではない。避難先はここで4カ所目でやっと落ち着くことができたが、地に足が着いた感じでなく、ふわふわした状態。まだ現実を受け入れることができないのかもしれない。

●田中直明さん(60)=南相馬市小高区岡田
4月上旬に原発事故で避難指示が出ている自宅周辺を見に行った。震災翌日に見た時のまま、周囲はがれきの山だった。環境の整った加美町に来られたが、気持ちはまったく前に進めていない。

●吉田栄子さん(64)=福島県双葉町長塚西宮下
原発事故の影響で、親類のいる加美町に避難して来た。原子炉が安定するまでのめどが示されたので少し希望が持てた。きょうだいら親類とは別々に避難しているので、元気でいることを伝えたい。

●鈴木さやかさん(23)=宮城県女川町尾浦鯛ノ浜
個室に入れてほっとしている。桜も咲き始めたし、復興の光が少しずつ見えてきていると思う。流された家を見ていないので、実感がない。女川に帰ったら家がまだあるのではと思うこともある。


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