4/20/2011

被災地で目の当たりにした人間の「弱さ」「強さ」

 


夕日で浮かぶ南三陸町の防災対策庁舎 
14日午後、宮城県南三陸町(大西正純撮影)


変わり果てた街をゆく地元高校生 
14日午後、宮城県南三陸町(大西正純撮影)


約1週間、宮城県石巻市や南三陸町、岩手県陸前高田市など東日本大震災で壊滅的な被害を受けた地域を取材した。家族を亡くした人の涙や避難所の厳しい状況、写真で見たことがある空襲直後のような街の惨状。やはり強い衝撃を受けた。そして、人間の持つ「弱さ」と「強さ」を目の当たりにした。

取材中の先月21日、南三陸町内の路上で、自称・震災ボランティアの男が、横転した車からガソリンを抜き取るところを見た。「なぜ、わざわざ被災地にまでやってきて…」。そう思うと同時に、人の「弱さ」を感じた。

南三陸町内の避難所で自警団を組織する芳賀善隆さん(67)によると、安全であるはずの避難所でも、週に数件の車上荒らしが発生しているという。パトロールに向かう芳賀さんがつぶやいた。「こんな苦しい時だからこそ、助け合わないといけないのに」

一方で、人の「強さ」にも触れた。「こんなところまで取材とは、大変だね。家族も心配してるんじゃない?」。大津波で建物の多くが流された南三陸町の中心部を見下ろす丘で出会った50代の夫妻は、余震が続く中での取材を気遣い、優しくこう声をかけてくれた。

夫妻は、衣料品店を経営する長男を津波で失っていた。一度話し始めると、せきを切ったように思い出を語った。4月の入学シーズンを控え、制服の準備で慌ただしく働いていた息子さん。とても仕事熱心だったという。その丘から、幼い頃の長男と見た夕日が、どれほど美しかったかを聞かせてくれた。そして、いかに自慢の息子であったかも…。

ひとしきり話した後、目に涙を浮かべた夫妻は「聞いてくれてありがとう」とぽつり。そして最後に「私たちは息子に『ありがとう』も『さようなら』も言えなかった。帰ったら、あなたの家族には、自分の気持ちを伝えてあげてね」。

苦しい状況下でも、他人を思いやる心を決して失わない夫妻。人が持つ真の「強さ」とは、こういうものなのだと教えられた気がした。(大津支局 本間英士)

http://sankei.jp.msn.com/

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