4/13/2011

宮城・名取市 がれきの中の「思い出」捜して

 

東日本大震災からあす(4月11日)で1カ月。津波で壊滅した宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区では、がれきと化した町の中、家族らの思い出の品を捜し求める人の姿が絶えない。アルバム、ランドセル、カメラ、携帯電話…。そんな思い出のつまった品々も、持ち主や家族のもとに帰る日を待っているようだ。



【東日本大震災】「これからも頑張って下さい」とメッセージが書かれたバレーボール、表彰メダル、携帯電話、カメラ…。多くの被災者が思い出を捜しに集まってくる=4月8日、宮城県名取市の市立閖上(ゆりあげ)小学校体育館(矢島康弘撮影)




閖上(ゆりあげ)小学校の体育館で、思い出の品を捜す被災者。床にはさまざま品物が置かれている=4月8日、宮城県名取市(矢島康弘撮影)

■砂まみれの愛用品…母はどこに 

名取市閖上(ゆりあげ)地区。津波で流された自宅跡地で、大学生の沢口佑衣さん(21)は砂まみれのマッサージ機と韓国語教材のCDを見つけ、声を詰まらせた。いまだ安否が分からない母、由美さん(52)の愛用品だ。「お母さんがいつも使っていたんです」

地震発生時、JR仙台駅で由美さんの迎えを待っていた。「迎えに行けないかも」。携帯電話から、由美さんの泣き声が聞こえた。「私を迎えに来る途中で被害に遭ったのかもしれない」。佑衣さんは涙を拭った。

沢口さん一家は3カ月前に閖上地区に引っ越してきたばかり。会社員の兄、周平さん(26)は「口うるさくて、韓流にはまって…。本当に普通の母親だった」と奥歯をかみしめた。

仙台空港で勤務していた針生秀子さん(58)は息子(32)とともに、13年前に亡くなった父と夫の位牌(いはい)を捜しに来た。流失した自宅敷地内には車の部品や電柱などのがれきが積み重なったまま。「どこから捜していいのか」。途方に暮れていた。


名取市立閖上小学校の体育館には、行方不明者の捜索を続ける消防や自衛隊などから財布や現金、保険証などの貴重品のほか、アルバムなどの思い出の品が多数集まっている。

名取市災害対策本部では、津波に流された物と連絡先などを記載した「流出物届」を市民から提出してもらって照合を進めている。

担当者は「がれきの撤去が始まると、届く物も増えると思う。態勢も強化して持ち主になるべく早く返したい」と話した。

(EX編集部/撮影:矢島康弘/SANKEI EX PRESS)




せめて思い出の品を探して-。宮城県南三陸町は、津波による被害が大きかった地域で、がれきの中からアルバムや記念品などを探すボランティア「思い出探し隊」を募集している。

 佐藤仁町長は「家から思い出のあるものを持ち出せなかった人が多い。わたしも1960年のチリ地震大津波に遭い、また今、59年間生きてきた証しが何もなくなった」と話した。

 同町は26日にボランティアセンターを開設したばかり。ボランティアが集まれば、28日にも捜索を始める。持ち主が見つかり次第、返却するという。

MSN産経ニュース  3月28日

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