4/20/2011

第1原発20キロ圏内の一時帰宅認める 枝野氏「数日中に開始」

 

産経新聞 4月21日(木)11時39分配信

枝野幸男官房長官は21日午前の記者会見で、東京電力福島第1原子力発電所から周辺20キロ圏内の住民の一時帰宅を認める方針を正式に発表した。滞在時間は最大で2時間程度とする。
枝野氏は「できるところから数日中に始めたい。1カ月か2カ月で一巡したい」と述べた。


人影消えた20キロ圏「若い人は戻ってこないよ」


福島第1原発から20キロ圏内に入る町は、大半の住民が避難し、ゴーストタウンのような状態になってしまった。福島県南相馬市小高区もそのひとつ。残る人もいれば、荷物を取って新天地に向かう人、ペットに餌をやりに来る人…。さまざまな人たちが、放射能におびえながらも離れがたい故郷への思いを胸に、人影の消えた町を行き交っている。

 20キロ圏内を示すのは、進入禁止の柵と赤いコーンだけ。それを境に人影も車もなくなる。だが、圏内に通じる道はいくつかあって、出入りを完全に制限できるような状態ではない。圏内から出てくる車の中は白いフード、マスク、白の防護服を着た人ばかりの異様な光景だ。

今月に入り、警視庁や福島県警の捜索が始まり、懸命の捜索活動が続く。田園地帯の中に点在していた家々は流され、一面、がれきで埋まった平地が広がり、重機の音だけが、むなしく響いている。時折、マスク姿に普段着のままの人が、車の後部座席に荷物を詰め込んで圏内から出てくる。

避難先から同市に戻ってきた松本進さん(50)は「最初は防護服を着ていたけれど、数値も低いし、みんなに笑われたからやめたよ」と話す。

原発事故後の3月12日、市の防災無線で避難を知り、家族5人で市を出た。車の中や避難所、ホテルなどを転々とした後、千葉県に家を借りた。着の身着のまま逃げたため、これまでも何度か戻ってきて、洗濯機やテレビなど必要な家具を、自分たちで何度かに分けて運んだ。

自動車関係の自営業をしている松本さんは、避難先でも仕事を続けるつもりというが、先行きは不透明だと心配している。高校3年生の次男(17)は地元の高校に通っていたが、避難先の高校に編入した。長女(24)は原発のある大熊町に勤めていたが、会社側が解雇をほのめかしているという。

「原発に町も家族も壊された。安全と言い続けてきたのに結局嘘だった。町と生活を早く元通りにしてほしいよ」と憤る。

乗り捨てられた車、陥没した道路、地震で崩れたままの家…。生活の気配はなく、避難指示が出てからまるで時が止まったままの町。しかし、「まだ住んでいる人はいる」と松本さん。「ここで死ぬのが本望だ」と言って避難をしていないという。

「戻ってこられるようになっても、若い人たちは避難先で新しい生活を始め、誰も戻ってこないよ。人口も半分くらいになるだろうな」と肩を落とした。

20キロ圏内には鎖をはずされた飼い犬が群れをつくっている。人影がまばらな分、犬が目立つ気がする。(大渡美咲、小野田雄一)


記事:SANKEI DIGITAL 

写真はAP

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