4/17/2011

東日本大震災:世界の善意、ありがとう 支援、135カ国・地域から

 

東日本大震災:世界の善意、ありがとう 支援、135カ国・地域から

東日本大震災に見舞われた日本に世界中から支援の手が差し伸べられている。被災地の人々は海外から届く心強い支えに、感謝の思いをかみしめている。外務省のまとめでは、135カ国・地域が支援を表明。うち20カ国・地域から救助隊や医療隊、原子力専門家らが現地入り(大半はすでに撤収)した。39カ国・地域が毛布や食料品などの物資を届けた。外務省を通じた支援以外にも、各国赤十字社や民間団体などから義援金や物資が続々寄せられている。

◇日本語で医療活動--宮城・南三陸町

大津波で壊滅的な被害を受けた宮城県南三陸町では、イスラエル軍の医療チームが3月29日から約2週間、町総合体育館「ベイサイドアリーナ」で医療活動を行った。内科、外科、周産期医療も受けられる産婦人科など8科を開設して専門医を配置。延べ200人以上に対し、日本人医師の後方支援を続けた。

受診第1号となった佐藤仁町長は、津波にもまれた際に漂流物が体に当たり「せきをしても響くほど左の肋骨(ろっこつ)が痛かった」。医療チームはX線撮影を行い、その際、「『息を止めてください』と日本語で言ってくれて安心した」という。

だが「はいてくださいという日本語は知らなかったらしく、苦しくなった」とエピソードを語り「異常が見つからなかったので安心できた。感謝している」と話した。

町では、地域の基幹病院である志津川病院が津波で全壊した。アリーナ医務室で指揮を執る西沢匡史医師(38)=志津川病院内科診療部長=が医療チームと調整し、日本人医師が診断した後にイスラエルの専門医が助言したり、検査を行う体制を整えた。医療チームからはX線や血液検査などの医療機器の提供をうけたという。【垂水友里香】

◇心満たしたカレー--宮城・石巻市

避難所となっていた宮城県石巻市立釜小学校では震災発生から約1週間後、日本在住のパキスタン人約10人のグループがひき肉と豆のカレーとナンなどの炊きだしを行った。おにぎりやパンなどは届き始めていたが、温かいものは食べられなかった時期。鈴木達男主幹教諭は「非常にありがたかった」と話す。

鈴木教諭によると、グループは各地の避難所を回っており、ワゴン車2台に物資や鍋、ガスボンベを積んで訪れた。2日間、慣れた手つきで調理や片付けをやってくれたという。釜小に避難している会社員、佐々木みゆきさん(49)は「スパイシーで普段食べるカレーとは違ったが、気持ちがありがたかった。8歳の娘たちは、チャイを飲ませてもらったり、言葉を教えてもらって楽しんでいたようだ」と笑顔を見せた。【垂水友里香】
◇サンタから冷蔵庫--岩手・陸前高田市

牛丼に具だくさんのみそ汁、デザートにオレンジ……。発生直後はおにぎりやパンが続いた被災者の食事は大きく変わった。岩手県陸前高田市内で最も多い約750人が避難する市立第一中学校では、調理室にある真新しい業務用冷蔵庫が、食事作りに大きな貢献をしている。

冷蔵庫は家庭用の3~4倍の大きさで、ドイツのNGO「DEMIRA(デミーラ)」が3日に贈った。調理を担当する坂井勝さん(38)は「冷蔵庫が来るまではメニューが限られていた。栄養バランスを考えた食事を出せるようになった」と喜ぶ。

被災地とDEMIRAとの橋渡し役になったのは、世界各地で震災を取材している兵庫県在住のオランダ人ジャーナリスト、キエルト・ドゥイツさん(51)。避難所を回ってニーズを調べ、ほかの避難所や自宅避難者にも新鮮な野菜や果物が届くよう手配した。

日々変わるニーズをドゥイツさんに伝えている市職員の佐藤夕子さん(42)は「初めは『ありがとう』を言う余裕もなかった」と振り返る。今は物資の中に「DEMIRA」の文字を見つけると「ラブレターのように感じる。私たちのサンタクロースです」。【長野宏美】


http://mainichi.jp/select/science/news/20110415ddm010040133000c.html

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