4/27/2011

東日本大震災:南三陸町で「福興市」 「復興ののろしを」

 

東日本大震災の大津波に跡形もなく流された宮城県南三陸町の「おさかな通り商店街」の店主たちが29、30両日、避難所になっている同町立志津川中学校の校庭で「福興市」を開く。窮状を知って全国の商店街仲間が送ってくれたテントを店に、たこ焼きやラーメン、焼き鳥など軽食のほか衣類を売る。店主たちは「商売を再開して復興ののろしをあげよう」と張り切っている。

「おさかな通り商店街」は海から約200メートルの町中心部に、鮮魚店やかまぼこ店など新鮮な海の幸や加工品を扱う13店舗が建ち並んでいた。20年前から毎年12月29日に開いていた恒例の「おしばて(酒のさかなの意)市」は、正月用のサケなどを求める3万人もの人出でにぎわっていた。

店主の中には亡くなった人もいる。助かった人もすべてを失った。実行委員長の山内正文さん(61)は「山内鮮魚店」の店舗や商品、工場、ネット通販用のコールセンターを津波に流された。それでも「皆が待っている。早く商売を」。仲間から「福」を呼ぶ「福興市」のアイデアが出て、すぐに準備に取りかかった。他の商店街の7店主も協力することに。

「おさかな通り商店街」は商店街や町内会の災害時互助ネットワーク「ぼうさい朝市&昼市」に加盟。09年8月の兵庫県佐用町の大水害で、山内さんたちは佐用町に義援金を送り、商店主に海産物を届けて現地で売ってもらった。今回、佐用町の商店主から恩返しとしていち早くテントが届いたという。

そのほかにも「ぼうさい」に参加する12府県の商店街などから商品が届く。地元宮城県からは登米市の郷土料理「はっとう汁」が販売される。

山内さんは「商売してなんぼ。戦後の闇市のように、商売の原点からもう一度始める」と話している。来月以降も毎月1回程度、市を開く予定だ。【泉谷由梨子】


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毎日新聞

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