4/25/2011

黄門さまの墓は無事、母の墓石倒れる 常陸太田の水戸徳川家墓所

 


水戸藩2代藩主、徳川光圀公(義公)の墓石は無事だった=25日、茨城県常陸太田市瑞龍町の水戸徳川家墓所(西川博明撮影)(写真:産経新聞)



東日本大震災で墓石が倒れた水戸藩初代藩主、徳川頼房公(威公)の妻で、「水戸黄門」で知られる光圀公(義公)の母の墓=25日、茨城県常陸太田市瑞龍町の水戸徳川家墓所(西川博明撮影)


震災で墓石が倒れた徳川光圀公の母の墓=常陸太田市瑞龍町の水戸徳川家墓所
(西川博明撮影)

東日本大震災で墓石が倒れるなどの被害が出た国指定史跡「水戸徳川家墓所」(茨城県常陸太田市瑞龍町)が25日、報道陣に公開された。「水戸黄門」として知られる水戸藩2代藩主、徳川光圀公の墓石は倒れなかったものの、石垣が崩れる被害があった。

同墓所は1661(寛文元)年、初代藩主の頼房公の墓が設置されたのがはじまりで、水戸徳川家14代の墓がある。通常は非公開で、震災での被害は「徳川家墓所の歴史では初めて」(常陸太田市教委)という。

頼房公の墓所では周囲の石垣が大きく崩れる被害があった。また、頼房公の妻で光圀公の母に当たる谷久子をはじめ、一族の墓所で墓石が倒れていた。

同墓所を管理する徳川ミュージアム理事長で、水戸徳川家15代当主の徳川斉正さんは「墓所で甚大な被害が発生し、祖霊を守る者として胸が締め付けられる思い」とコメント。また、同ミュージアムの徳川真木館長は「墓所は江戸時代以降の歴史が詰まった貴重な資料。国と調整した上で復旧の整備計画を進めたい」と話した。

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