4/11/2011

津波で亡くなった親友、内野沢美里さんの写真を手に取る松葉さくらさん

 

岩手県野田村にある県立久慈工業高3年松葉さくらさん(17)=岩手県普代村=は、東日本大震災で、幼いころからの親友内野沢美里さん(17)を失った。「これからは1人になっちゃうけど、美里が笑顔でいられるように、頑張らなくちゃ」。高校の女子でただ1人のクラスメートだった。

美里さんは3月11日、伯父の乗用車で高校から帰宅途中、津波に巻き込まれ、28日に野田村の川近くで見つかった。伯父も亡くなった。

同じ村で育ち、幼稚園、小・中学校も一緒。高校のクラスは、男子21人に対し女子は2人。先生は気を使って机を並べてくれた。ともに男子バスケットボール部マネジャー。一緒に笑い、泣いて、励まし合ってきた。

地震当日、さくらさんは朝から熱があり、バスケ部に顔を出せなかった。美里さんが行方不明になっていると知ったのは4日後。携帯電話もつながらない。

ガソリンが切れ、家の車は使えない。行方不明になったという約15キロ先の現場まで徒歩とヒッチハイクでたどり着いた。

「あんなに精神力が強い美里が死ぬわけがない。負けるわけがない」。顔も手も膝も泥まみれになり、一日中、夢中でがれきの山を捜し回った。


舞い上がる土ぼこりでマスクは何度取り換えても真っ黒になる。それでも見つからない。悔しくて涙がにじんだ。

美里さんは勉強もでき、女子が2割しかいない高校で生徒総会をまとめる議長に選ばれるほどの人気者だった。

頼ってばかりだった。苦手だった測量の授業で、良い点が取れたのも彼女のおかげだ。「地震の時、わたしがそばにいれば、家に帰るのを止められたんじゃないか? 助けてあげられたんじゃないか…」。そんな思いが頭から離れなくなった。

3月末、全校集会で美里さんの死が報告された。クラス担任両角誠司先生(38)がこう言った。「美里を勝手に(記憶から)殺すな。美里はここにいる。クラスの23人全員で来年卒業しよう」

そのとき気付いた。

「どんなに苦しいときも、美里は笑って『何とかなるさ』と言ってくれた。美里を悲しませるようなことをしちゃいけないんだ」

マネジャーに休みはない。ゼッケンの洗濯に飲料水の準備、タイム計測、ボール出し入れ―。これからは全部を1人でやらねばならない。

でも、心の中で生きてゆく親友がきっと支えてくれる。

MSN JAPAN  http://photo.sankei.jp.msn.com/

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