4/19/2011

海外の原発事故 1979年4月11日スリーマイル島原子力発電所で起きた米史上最悪の放射能漏れ事故

 


1979年3月28日、米東部ペンシルベニア州の川の中州にあるスリーマイル島原子力発電所で起きた米史上最悪の放射能漏れ事故。機器故障や操作ミスなどが原因で2号炉の炉心溶融(メルトダウン)が発生。避難勧告を受けた周辺住民が混乱に陥った。
写真は、事故発生から2週間後のスリーマイル島原発(1979年04月11日) 【AFP=時事】

キャプションの内容は配信当時のものです

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以下の記事ソーズ元は日経BP社より

メルトダウンはこうして始まった

スリーマイル島原発は、米ペンシルベニア州のサスケハナ川の中州にある。中洲の周囲が3マイル(1マイル=約1.6km)あるのでこの名がついた。

問題の2号炉は1978年3月に試験運転を開始したものの、さまざまなトラブルに見舞われ、その年の暮れにやっと営業運転にこぎつけた。年内に定常運転に入らないと税の優遇が適用されないために運転を強行したともいわれている。

79年3月28日午前4時ごろ、轟(ごう)音とともに原発が白い水蒸気を噴き上げた。原発関係者がもっとも恐れる、「炉心溶融事故」(メルトダウン)の幕開けだった。

多くの大事故がそうであるように、スリーマイル原発事故も些細な故障と人為ミスからはじまり、それらが重なって大きくなった。タービンを回し終わった蒸気を水に戻す復水器の配管が目詰まりを起こし、主冷却水の給水ポンプが自動的に止った。同時に、設計した通りに原子炉が緊急停止した。あとは、炉心部をいかに冷やすかの問題だった。今回の福島原発事故と同じ状況だった。

止まった主冷却水に代わって、緊急時に備えたバックアップの補助冷却水が注入されれば冷却が進むはずだった。ところが、その補助系が作動しなかった。42時間前に行われた整備点検時に、閉めた出口弁を開け忘れたのだ。だが、ここで最後の手段である緊急炉心冷却装置(ECCS)が自動的に作動し、高圧の大量注水を開始した。

このまま、原子炉が冷えるのを待っていれば、炉心溶融は起こらなかったはずだ。しかし、操作の途中で運転員は炉内が満水状態になったと勘違いして、ECCSが作動を始めてから4分38秒後、手動で停止させてしまった。給水過剰によるパイプの破損を防ぐつもりだった。だが、実際は満水になっておらず、炉内の温度や圧力が急上昇し、水素が炉内に充満していった。冷却水を失って福島第1原発と同じように空だき状態になった。

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