4/11/2011

「僕は泣かない。お父さんがいちばん悲しいから」

 



夢吹君の七五三で撮った写真は、がれきの中から見つかった。成美さん(左)が写る家族写真はこれだけしかない

3月11日午後2時46分。あの日、あの瞬間から1カ月を迎えた東日本大震災では、多くの子供たちが親を亡くした。宮城県女川町の木村夢吹(いぶき)君(7)も母の成美さん(35)を失った。周囲を気遣っていまだに涙を見せず、その小さな胸に悲しみを抱え込んだままだ。(八木択真、写真も)

朝と寝る前には、笑顔の母の写真に「おはよう」「おやすみ」とあいさつをする。でも家族が成美さんの話をすると、「寂しくなるからいわないで」と怒ったような顔をする。

成美さんはこの夏、待望の第2子が生まれる予定だった。夢吹君は、初めてのきょうだいの誕生を心待ちにしていたという。夫の隆征さん(41)は思い出す。「『ケンガができるから弟がいいな』って。間があいてできた子だったから、みんな喜んでね」。甘えん坊だった夢吹君も、成美さんの妊娠がわかった後は進んで家事を手伝うようになっていた。

成美さんは隆征さんと同じ自宅近くの水産加工会社で働いていた。海岸から1キロ以上離れた場所に建つ頑丈な鉄骨の工場。しかし大津波は工場を突き抜け、成美さんは数日後、同僚ら十数人とともに工場内で折り重なって見つかった。隆征さんは当時工場におらず、安置所で亡きがらと対面した。傷ひとつない眠るような顔が、せめてもの救いだった。

家族が泣き崩れるなか、夢吹君は涙を見せなかった。悲しみの対面から数日後、隆征さんが「悲しいときは泣けよ」と避難所で声をかけると、夢吹君はこう答えたという。「お父さんがいちばん悲しいから、僕は泣かない」

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