3/15/2011

宮城県 さまざまな思い/悲しみ・不安抱いて 唇かみしめ再起誓う

 

どう猛な揺れと濁流に何もかも奪われた人たちが、わが家から引き離された人たちが、各地の避難所にいる。悲しみと不安を抱きしめて。東日本大震災の被災者は、身を寄せる避難所で今、何を思うのか。安否を気遣う人たちへ、避難所の声を届けたい。避難者の傍らに寄り添い、その胸にたまる思いを聞きたい。


仙台市若林区の七郷小で茅場和子さん(62)は、糖尿病を患って足の不自由な夫の介護を続ける。先の見えない避難所での介護に不安が募る。頼みのデイサービスセンターも被災した。「仮設トイレは足場が不安定で、うちのお父さんは足を踏み外して便器の中に落ちそうになる」と茅場さん。「誰かに手伝ってもらいたいと思っても、周りはみんな被災した人たち。頼むことなんかできない」と言う。

宮城県女川町の自営業千葉豊さん(34)は出掛けていて助かったが、留守番をしていた父が家ごと津波に流された。「近所の人に避難するよう声をかけられたが、おやじは(1960年の)チリ地震津波でも大丈夫だったから今回も大丈夫と、断ったらしい」と悔やむ。「俺だって家にいたら、たぶん逃げなかっただろう」とも。自宅のあった住宅地はがれきの山と化し、避難所の町総合体育館で過ごす。「自分たちのものはもう何もないが、やり直すしかない」と唇をかみしめる。


岩手県大船渡市の避難所、市民文化会館「リアスホール」で、アルバイト佐藤透さん(45)は恐怖の瞬間を振り返った。地震発生の直後、自転車で高台に逃げる途中、背後で電柱の倒れる音がした。津波がそこまで迫っていた。「振り向く余裕も無かった。1、2分遅かったら巻き込まれていた」自宅は全壊した。「両親の位牌(いはい)も通帳も、どこへ行ったか分からない」と肩を落とす。


「大津波で全滅」と伝えられた岩手県大槌町。和食料理店「千勝」を営む千葉勝さん(67)は、妻と2人で切り盛りする店舗を「全て流された」。妻とは避難所の大槌高で会った。「ほっとしました」
「旬の地物の魚をおいしく食べてもらうのが喜びでした。年もとりましたが、小さくてもまた店を出したい。長男には来月、子どもが生まれます。初の内孫です。仕切り直しですね」
震災に屈するつもりはない。



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