3/28/2011

「また助けにくる」沈黙の中で懸命の検視

 


【東日本大震災】≪自宅跡にたたずむ≫__驚き、悲しみ、不安…。宮城県気仙沼市で3月28日、破壊された自宅跡にたたずむ女性は、さまざまな思いが入り交じった表情を見せた。手にした携帯電話は果たして誰かとつながっているのだろうか(ロイター)

≪遺体3割、身元確認できず HPに体格や服装公開≫

東日本大震災で犠牲者の多い宮城、岩手、福島の3県で警察が検視を終えた遺体のうち、約3割は身元が確認できていないことが3月28日の警察庁のまとめで分かった。

警察庁によると、3県では約1万780体の検視を終えたが、うち約2750体の身元確認ができていない。

各県警は身元不明の遺体のうち、所持品などから推測される氏名をホームページ(HP)で公表しているが、宮城県警は18日から氏名を推測できない遺体について体格や身長、服装、所持品などの一覧をHPに掲載。福島県警も27日から同様の情報を公表し、岩手県警も実施する方向で検討している。

警察庁の28日午前10時現在のまとめによると死者は1万872人、家族が警察に届けた行方不明者は1万6244人で計2万7116人。3県の死者は宮城6627人、岩手3213人、福島974人。行方不明者は宮城6144人、岩手4682人、福島5414人となった。

■警察官死亡 17人に

警察庁は3月28日、東日本大震災で、宮城県警南三陸署の根子裕誌(ねこ・ひろし)巡査部長(34)の死亡を確認したと発表した。警察官の殉職は17人目で、13人が依然行方不明。警察庁によると、根子巡査部長は地震発生直後、情報収集のため南三陸町の役場に向かい、津波に巻き込まれたとみられる。

(SANKEI EXPRESS)



【東日本大震災の被害者数】(3月28日午後6時現在)

死者数    10901人

行方不明者数 17621人

負傷者数    2777人

※警察庁まとめ



≪「また助けにくる」沈黙の中で懸命の検視≫

津波に、余震、原発…。「正直、怖かった」。東日本大震災で津波に襲われ、原発事故で一部地域が避難指示や屋内退避となり、捜索活動も難航している福島県南相馬市。検視のため現地に派遣された、ある警察本部の40代の警部補が、懸命に遺体と向き合った1週間を振り返った。

■「きれいにして帰す」

「遺体はまるで泥の塊だった」

警部補が南相馬市に入ったのは地震発生2日後。5府県警の計160人が10人ずつのチームをつくり、東京電力福島原発から約20キロの高校体育館で検視を続けた。

最初の遺体を見て絶句した。泥で真っ黒になった顔。体は傷だらけ。次から次に運ばれてくる遺体に、番号札を付ける。抱っこひもをした女性もいたが、抱いていたはずの赤ちゃんはいない。

数々の事件現場を経験してきたが「災害はこんなに多くの罪のない人の命を一瞬で奪うのか」と、やるせない感情が押し寄せてきた。

消防車の高圧放水で泥を流して服を脱がせ、1体ずつバケツの水で手洗いする。「少しでもきれいにして家族に帰したかった」。どの警察官も同じ思いだった。「みんなが遺体を自分の家族に置き換えていた」

体育館の中は静かだった。黙々と検視を進める。休憩時間になっても誰もしゃべらない。死因は溺死がほとんど。遺体の胸を押して、口から水が出るのを確認した。

身元不明遺体は指紋を採り、DNA鑑定のために血液や爪を採取した。

一方、余震や原発事故の影響で、検視作業は度々、中断させられた。食事は自分たちで調達し、車内で宿泊することも。「放射線の状況は何も分からない。余震もあり、正直怖かった」。それでも、誰も帰りたいとは口にしなかった。

警察車両の燃料補給で給油所にも並んだ。地元から持ってきた非常米にも手を付ける。「普段の日常がどれだけ幸せなことか」と実感した。

妻からは「一人でも多くの人を家族の元に帰してあげてね」とメールが届く。検視中はずっと同じ思いだった。

チームは1週間で約50体を検視したが「何もできなかった」と無力感にさいなまれた。

もっと頑張りたいとの気持ちの中、任務を終える。帰りの道中、南相馬市は雪が積もっていた。

「この下にはまだまだ千人以上の人が眠っている。また、助けにくるから」。そう誓わずにはいられなかった。


SANKEI EXPRESS

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