6/21/2018

「忘れないで」女児死亡で黙とう-大阪北部地震

 


女児が亡くなった寿栄小学校近くに設置された献花台で手を合わせる人たち=2018年6月19日午前10時7分、大阪府高槻市、川村直子撮影


大阪府北部を中心とする最大震度6弱の地震から4日目の21日、ブロック塀が倒れ女児が死亡する事故があった同府高槻市の市立寿栄小学校など約160校で授業が再開された。府によると、一部で授業の短縮などはあるが、地震による府内の公立小中学校の休校は全てなくなった。





寿栄小4年の三宅璃奈さん(9)は登校中に地震で崩れてきた学校のブロック塀に巻き込まれ亡くなった。高さなどが建築基準法に沿わず、違法建築だったことが分かっている。

同小では午前8時ごろから、保護者に手を引かれ児童が登校。校門で出迎えた教員らに「おはよう」と元気にあいさつしたが、中には表情が硬く緊張が解けない様子の児童もいた。
 田中良美校長は臨時の全校集会で事故を説明。「笑顔がすてきで、夢に向かってとても頑張る子でした。みんなも忘れないでください」と話すと、涙ぐむ児童もいたという。全校で黙とうをささげ、冥福を祈った。





21日は約20人が欠席し、田中校長は「怖い気持ち、不安な思いは我慢せず助けを求めて。先生たちは安心に学校生活を送れるよう頑張ります」と呼び掛けた。市はカウンセラーを常駐させるなど心のケアに当たる。




 事故現場付近は通行が規制されたまま。献花台に手を合わせる母親の姿も見られた。浜田剛史市長も献花に訪れ、「申し訳ない思いでいっぱいだ。安全確保に取り組む」と話した。

 同小は地震後、通学路の安全確認などに追われ休校を続けていた。ガスがまだ止まっており、給食が出せないため、授業は午前中のみ。同日夜には事故に関する保護者向け説明会も開く。

 被災地では建物の危険度判定や、ボランティアの活動も始まった。

 総務省消防庁のまとめでは21日午前6時現在、地震による死者は5人、けが人は430人。建物709棟が被害を受け、約1600人が避難している。

https://www.jiji.com




記事は2018年6月21日 時事通信より






6/18/2018

大阪北部地震3人死亡307人負傷 一時17万戸停電

 




2018年6月18日の午前8時頃に大阪北部に起きた大きな地震で、犠牲になった9歳女児は三宅璃奈さんだと報道。





2018年6月18日午前7時58分ごろ、大阪府北部で震度6弱の地震を観測した。気象庁によると震源は大阪府北部で深さ約13キロ、地震の規模を示すマグニチュード(M)は6・1と推定される。






大阪府内で震度6弱が観測されたのは統計を取り始めてから初めて。総務省消防庁の午後5時時点でのまとめでは、大阪府で3人が死亡、2府4県で307人が重軽傷を負った。大阪府と兵庫県では火災が計4件発生。松井一郎・大阪府知事は自衛隊に災害派遣を要請した。

 気象庁によると、震度6弱を観測したのは大阪市北区や大阪府の高槻市、枚方(ひらかた)市、茨木市、箕面(みのお)市の5市区、震度5強は大阪市都島区や大阪府の寝屋川市、京都市中京区など18市区町に上った。震度5弱は滋賀県南部と兵庫県南東部、奈良県だった。

 また、近畿地方を中心に関東地方から九州地方の一部にかけて広い範囲で震度4~1を観測。気象庁は、揺れの強かった地域では1週間程度、震度6弱程度の地震のおそれがあるとして警戒を呼びかけている。





 大阪府災害対策本部などによると、高槻市で市立寿栄小学校のプールの塀が倒れ、4年生の三宅璃奈(みやけりな)さん(9)が下敷きになり死亡。

大阪市東淀川区では民家の外壁の下敷きなった安井実(やすいみのる)さん(80)が死亡し、茨木市では倒れてきた本棚に挟まれ後藤孟史(ごとうもとちか)さん(85)が亡くなった。






4/18/2016

2016年4月16日01:25に起こった熊本地震の被害 

 


2016年4月16日01:25に起こった熊本地震



倒壊した家



倒壊した家、Mashiki, Kumamoto









Mashiki, Kumamoto









4/16/2016

熊本震災、生死を分けた南阿蘇村の学生村 友人たち

 
震度6強の激震が学生アパートを押しつぶした。熊本県南阿蘇村の河陽地区。近くにある 東海大農学部の学生が多く住む「学生村」で、わずかな差が若者の生死を分けた。

「突然どーんと突き上げられた後、何も分からず隙間に逃げ込んだ」。助かっ た若者は地面にへたり込み、やがて、がれきの中から発見された友人たちの遺体を涙で見送った。


崩れ落ちた山が国道57号をのみ込み、阿蘇大橋を崩落させた。その大橋を渡った先に数十棟のアパートが集まる学生村はあり、約830人が暮らす。4棟ある2階建ての「グリーンハイツ」では複数で1階部分が押しつぶされた。

避難所へ向かう生徒たち

1階に住む同大3年の宮本真希さん(20)は就寝中、突然の大きな揺れに目が覚め、壁が倒れてきた。夢中で目の前の隙間に逃げ込んだが、身動きが取れな い。自力で逃げた学生たちが救助活動に当たり、「頑張れ」「大丈夫か」と励まし続けた。約3時間後、知人らがチェーンソーでがれきを取り除き、無事救出。 「助かったのは友人たちのおかげです」と感謝した。

 別のアパート1階に住む農学部の女子学生(22)も「柱か机の下か分からないが、目の前の何かの隙間に入り込んだ。『助けて!』と何度叫んでも反応はない。そのうち『壁をたたいてください』という声が聞こえたんで、夢中でどんどんと壁をたたいた」。

  同じく1階に住む同大1年の中島勇貴さん(18)はうつぶせで寝ていると、背に重たいものを感じた。「息苦しく、死にたくないと呼吸に専念した。真っ暗で どれほど時間がたったか分からないが、やがて鳥の声が聞こえ朝だと思った」。チェーンソーで体が通れるだけの穴が開き、引っ張り出された。



 救出された学生はぼうぜんと立ち尽くしたり、簡易ベッドにへたりこんだりしていた。その脇を、毛布にくるまれ、ブルーシートで隠された複数の遺体が運び出された。その姿を見つめながら、学生たちはすすり泣き、手を合わせ、黙とうした。

 熊本県警によると、遺体で見つかったのは同大4年の脇志朋弥さん(21)と、同1年の清田啓介さん(18)。2人とも1階で見つかった。身元が確認されていないが、1階に住む男子学生がもう一人亡くなっている可能性が高い。

 脇さんは勉強熱心で、頑張り屋だった。「教員になるか、大学院に進学するか相談を受けていた。本当に残念だ」。先輩の一人は悔しがった。

 清田さんは明るい性格だった。「最後に会ったのは15日。一緒に食堂でご飯を食べた。まさか最後になるなんて…」。同級生は声を詰まらせた。

=2016/04/16 西日本新聞=






熊本城、築城時から残るやぐら倒壊

 

16日に熊本県で相次いだ地震で、熊本城(熊本市)にある国の重要文化財「東十八間櫓」と「北十八間櫓」が倒壊した。いずれも17世紀に熊本城が築城された当初の姿を残していた。


熊本城総合事務所や県によると、東十八間櫓は土台の石垣ごと崩れ落ちた。二つある天守閣の一つ「小天守」は石垣が崩れ鉄筋コンクリートのみで支えている状態。

「宇土櫓」など他のやぐらも被害を受けた。

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BBC

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2016年4月16日





4/15/2016

4月14日、熊本県で震度7の地震

 
 
21時32分 熊本で震度7

気象庁によると、14日午後9時26分ごろ、熊本県熊本地方で震度7を観測する強い地震があった。午後9時半現在、震度3以上が観測されている地域は次の通り。

熊本地方で震度7を記録した地震を受け、JR九州や航空各社は熊本県周辺の鉄道や空港などの安全確認に追われた。電気や水道、ガスといったインフラ事業者も被害の確認を急いだ。熊本市内では回送中の九州新幹線が脱線したが、無人のため被害はなかった。

JR九州によると、脱線したのは熊本駅と熊本総合車両所の間の下り線。ほかにも乗客のいる車両が駅間に停車しているが、夜間の上、余震が続いているため、避難には時間がかかる見通し。
九州新幹線は安全確認のため上下全線で運転を見合わせた。

在来線でも、鹿児島線など一部路線で運転を見合わせたり、徐行したりした。


2016年4月15日







3/11/2016

震災5年 髪に宿るパパのぬくもり…津波にのまれた父、切れない思い出

 

■宮城県塩釜市・高橋心陽(こはる)ちゃん(6)

 死者、行方不明者合わせて1万8千人を超えた東日本大震災は、発生から11日で5年となる。歳月は流れ、変わるものと変わらぬものが交錯する被災地。人々は胸にさまざまな思いを宿し、復興に向けて歩みを進める。

 「幼稚園で一番長いんだ」。お尻まで伸ばした髪をなびかせ、ほほ笑んだ。

 宮城県塩釜市の高橋心陽ちゃん(6)は、これまで一度も後ろ髪を切ったことがない。東日本大震災が起きたのは1歳の時。津波のことも、消防団員として避難を呼びかけながら亡くなった父、昌照(まさてる)さん=当時(37)=のことも、ほとんど覚えていない。

 仙台市の自宅にあった家族写真は津波で流された。「パパがなでた髪かもしれないと思うと、切れないんです」。母の陽香(はるか)さん(42)にとって、心陽ちゃんの髪は夫のぬくもりを残す大切な思い出だ。

 「ラプンツェルみたいに床につくまで伸ばしたい」。グリム童話に登場する少女に憧れる娘のため、冬は20分ほどかけて、ドライヤーで丁寧に髪を乾かす。

 ◆「こっちには来るな!」

 「おむつが欲しいからそっちに行くね」「こっちには来るな!」。平成23年3月11日、仙台市宮城野区の消防団に所属していた昌照さんは、自宅に戻ろうとしていた陽香さんを電話で制止し、保育園に長男の真心(こころ)君(8)と心陽ちゃんを迎えに行くよう指示。これが最後の会話となった。

 昌照さんが乗っていたポンプ車は自宅から約150メートル離れた場所で大破して見つかったが、連絡はとれないまま。13日に避難先で知人と再会した陽香さんは、思わず泣き崩れた。「パパがいないの」。傍らでは子供たちが不安そうに見つめていた。「もう泣けない」。涙をこらえた。

 夜、おぶっていた真心君がつぶやいた。「パパ、死んだんだよね」。思わず否定した。「パパ、生きてるから!」。自分に言い聞かせていたのかもしれない。息子は背中で泣いていた。

 同月30日、自宅近くのがれきの中から遺体が見つかった。作業着の胸と肩には家族3人の名前をつなげた「真心陽香」の刺繍(ししゅう)。肌は土色になっていたが、確かに昌照さんだった。死因は頭部損傷。ヘルメットには亀裂が走っていた。

 昌照さんは最後まで住民に「逃げて」と呼びかけ、消防団仲間に「家族を逃がせ」と促していた。夫らしい行動だったと思う。火葬を終え、骨壺に「心陽より軽いよ」と語りかけた。

 宮城県塩釜市の実家に3人で身を寄せ、5月には事務職として務めていた仙台市の勤務先に復帰した。

 子供が泣いていても保育園に預け、会社へ向かった。他の子供が父親に迎えに来てもらう様子を見た真心君が、ぐっと何かを我慢するような表情を浮かべていたこともある。陽香さんも子供たちと離れるのはつらかったが、家計を支えるため懸命に働いた。

 やがて、心陽ちゃんから一日に何度も「ねえ、ママ笑って?」と言われるようになっていた。笑顔が消えていたことに気付いた。「子供たちの成長を近くで見守りたい」。思い切って仕事を辞めた。

 「なんでパパが死ななければならなかったんだ!」。今年1月、真心君が突然、布団で泣きじゃくり、枕をたたいた。震災後、自分から父の話をすることはなかった。父の記憶を封じようとしているのかは分からない。葛藤が垣間見えた瞬間だった。

 髪を伸ばし続けてきた心陽ちゃんも時々、「切りたい」と言うようになった。「心陽に決めさせようと思いつつ、迷っている私がいる」と陽香さんは話す。

 ◆「今を生きるしかない」

 子供の成長とともに訪れる変化を覚悟しながら、変わらないこともある。昌照さんが大切にしていた「556(こころ)」ナンバーの車を使い続け、両手には2つの結婚指輪。毎日、仏壇に「今日もこの子たちをよろしくね」と語りかける。

 今も、子供たちの進路などの重大な選択に向き合うとき「パパだったらどうするだろう」と昌照さんのことを考える。大人の男性にじゃれる子供たちを見ると「お父さんに甘えたいのかな」とも感じるが、周りには頑張っているシングルマザーがたくさんいる。自分の子供たちだけがかわいそうだとは思いたくない。

 陽香さんは、避難所でのたった一度を除いて、人に涙を見せたことがない。「薄情だと思われるかもしれないけど泣いている暇はない。今を生きるしかないんです」(滝口亜希)

産経新聞
http://www.sankei.com/

2016年3月11日



2/11/2016

韓国人3人、台湾南部地震の救助活動に駆け付けるも足でまとい

 
2016年2月10日、台湾・中時電子報は、6日に発生した台湾南部の地震で倒壊した高層マンション「維冠金龍大楼」での救助活動に参加するため駆け付け た3人の韓国人が、言葉が通じないため活動に加わることができず、現場のそばでスマートフォンをいじりながら時間を過ごしていると伝えた。

報道によると、3人は民間の救難団体のメンバーで、国際的な救助活動で20年以上の経験を持つ「隊長」級だという。

台南市政府消防局は「韓国チームは3人と少ないため単独で捜索・救助活動を任せられない。彼らが持ち込んだ(がれきの内部などを撮影できる)小型 カメラの性能も台湾のものほど良くない。台湾側のスタッフとも言葉が通じないが、安全面を考慮すると通訳同伴で作業をさせるわけにもいかない」と話してい る。現在は、通訳が彼らに救助活動の進展などを説明した上で、参考となる意見を聞く程度しかできないという。(翻訳・編集/柳川)

レコードチャイナ
http://www.recordchina.co.jp/a128840.html 




 

5/01/2015

ネパールを襲った大地震から5月1日で7日目を迎えた。

 

2015年4月25日にネパールで起きた地震。

ネパールを襲った大地震から5月1日で7日目を迎えた。


 犠牲者は依然増加しており、周辺国を含めて6300人を超えた。一方、4月30日には15歳の少年らが5日ぶりに救出されており、ネパールや各国の救助隊は引き続き生存者の発見・救助に全力を尽くしている。(時事通信)

 救出されケガの手当てを受ける子供達 4月27日



 ネパール政府などによると、負傷者は1万4378人に上った。13万棟が倒壊、8万5000棟が損壊し、政府関連の建物1万棟以上が全壊したという。

マハ ト財務相は1日、政府庁舎や歴史的建造物の再建などで、少なくとも20億ドル(約2400億円)が必要になるとして、国際社会に支援を訴えた。


犠牲者6300人超える=山間部の救助難航―ネパール地震

ネパールを襲った大地震から1日で7日目を迎えた。犠牲者は依然増加しており、周辺国を含めて6300人を超えた。

120時間ぶりに救出された15歳の少年
 
一方、4月30日には15歳の少年らが5日ぶりに救出されており、ネパールや各国の救助隊は引き続き生存者の発見・救助に全力を尽くしている。(時事通信)
 
ネパールの避難生活者は人口の1割を超える約280万人となり、医療支援が本格化。自衛隊も1日、首都カトマンズで診療活動を始めた。

 

 

1/12/2015

津波26人死亡、自動車学校に19億円賠償命令 仙台

 

東日本大震災の津波で死亡した宮城県山元町の常磐山元自動車学校の教 習生25人と従業員1人の遺族が、学校側に計約19億6700万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、仙台地裁であった。高宮健二裁判長は「学校側は 津波を予測できたのに避難させる義務を怠った」として、計約19億1千万円の支払いを命じた。


津波被害をめぐる訴訟で、管理者側の賠償責任が認められたのは、宮城県石巻市の日和幼稚園で送迎バスに乗った園児が亡くなった訴訟に続いて2件目。死亡した従業員への賠償命令は初めてとなる。

訴えていたのは、18~19歳だった教習生25人の遺族46人と、アルバイト従業員の女性(当時27)の遺族2人。